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毎月、高槻市で素読の会を開いています。「素読とは」「素読について」「家庭での素読に仕方」など「素読」に関心をお持ちの方必見の記事も多数アップしています。
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 今日は関西では、晴れ間がでて各地で金星の日面通過が観測されました。前回の日面通過は8年前でその前は1874年(明治7年)に金星の日面経過が起こっています。その時も日本においては全経過観測可能であったそうです。そのまた前回は1761年、1769年にさかのぼり、当時西洋でも観測技術も十分でなかったことから、太陽赤道地平視差未だ十分な精度が得られないままの状態が続いていたということです。このため各国の天文学者は、1874年(明治7年)の金星の日面経過によって、満足のいく太陽赤道地平視差を求めるべく各地で観測の準備を始めたのですが、その基地の一つとして、明治維新後間もない日本が選ばれ、フランス隊、米国隊、メキシコ隊が相次いで来日したということです。
 当時の日本においては、科学的な天文観測を行うような機関は事実上存在しないに等しい状態でした。辛うじて、海軍部内に航海に必要な測量や天文観測を行う部署として設けられた水路寮(海上保安庁海洋情報部の前身)があるのみでした。
 日本政府は、欧米の進んだ科学技術を実地に吸収できるまたとない機会としてこの金星日面通過観測を捉え、水路寮に対して、各国の観測隊に随従して観測の便宜を図りながら、観測技術を学ぶことを命じました。
 日面観測は、長崎、神戸、横浜、東京で行われ、現象前後の測量や機器設置など8ヶ月にも及んでおり、この間にやり取りされた公文書は「金星試験顛末」として保存され、今も海上保安庁海洋情報部において保管されています。
 この公文書の綴りには、太政大臣 三条実美、海軍卿  勝 安芳 (勝海舟)、文部卿  木戸孝允など、明治維新前後に活躍した歴史上の人物の名前が登場するそうです。
 このときの観測で、実際には金星の日面通過の観測では正確な値を求めることができないことが分かったそうです。 しかし、政府をあげて注目した金星日面通過の観測は、日本の測量技術と天文学のみならず、飛躍的な科学の発展をもたらし日本の近代化のスピードを速めたということを今回始めて知りました。24.6.6(裕)

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